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原題 Shells
著者 Fabio Moretzsohn
ページ数 176
分野 生物学、歴史、芸術
出版社 Reaktion Books
出版日 2023/06/16
ISBN 978-1789147131
本文 著者はテキサスA&M大学生命科学科の客員教授を務めた貝のエキスパートだ。
有史以来、人類を惹きつけてやまない貝の魅力と歴史、さらにその将来的な役割について丁寧に語られている。色彩豊かな貝の写真を眺めるだけでも美しい本書が一般の図鑑の類と異なるのは、その切り口の豊富さによるものだろう。全9章から成り、貝の生態、歴史、人類との関わり、芸術としての美しさ、薬用、環境といった他方面から光をあてている。
軟体動物に属する貝の生息数は現在93、000種、発見された化石は70、000種と見られている。古くから食用として採集され、道具として、またある時は幸運を招き邪気を追い払うため、また住居を飾る宝飾品として活用されてきた。豊穣のシンボルとして宗教儀式に使われることもあった。貝殻を通貨として使用する民族も存在し、現在でもいくつかの土地で貨幣として使用され続けている。貝の生態を入口とし、貝と人類との関わりへとつながる語り口は自然で、知識を持たずとも抵抗なく読み進めることができる。古来より人類の栄養源として貴重な存在であると同時に、摂取することにより発生するアレルギーや食中毒など、貝は時には人類を死に至らせるほどの危険性をはらんでいることについても述べられている。
また近年の研究から、世界最古のアート作品は貝殻に線を刻印することで描かれたものと判明。長年、多くの芸術家たちの創作活動にインスピレーションを与え、建築をはじめあらゆる芸術作品に取り入れられてきた経緯が語られる。また唯一、貝の力を借りて作られる宝石、真珠の魅力についても多くのページが割かれ、紹介されている。生活必需品であった貝がその形状の美しさを理由に世紀を超えて人々をとりこにしていく様子は読者をわくわくさせるだろう。
最終章では貝殻が近年科学者からも注目される存在であることが強調されている。貝殻には地球環境の変動を示す貴重な手がかりが刻まれており、変動の経緯、さらには地球の未来を予測する際に大いに役立つ存在になり得る、と著者は結ぶ。
貝殻は一見、小さな存在である。だが本書にはその小さな貝からは想像もできないほど広大な世界が詰まっている。闘病の末、56歳の若さで逝去した著者の貝に対する情熱と読者へのメッセージが込められた歴史書であり芸術書である。そして何よりも、地球の未来を考える時わたしたちを導いてくれる一冊となるだろう。