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原題 Vale o que tá escrito
著者 DAN
ページ数 224
分野 フィクション
出版社 DBA Editora(ブラジル)
出版日 2023/06/07
ISBN 978-6558260608
本文   死んだはずの幼なじみが街を通りかかるのを見た時、主人公のダニルトンは、20年前にサンパウロ中心部で起きた出来事について、調べずにはいられない衝動に駆られた。
  妻ナタリアのすねかじりに過ぎない身の上だというのに、後先をまったく考えずに積立金のすべてを喫茶店経営の立ち上げに投じてしまったために、妻から別れを切り出されてしまったダニルトン。残された唯一のよりどころは、書くことだった。
  貧しい移民の子として差別を受けていた幼なじみのリリコが、まだ生きていると確信したダニルトンは、この小説の作品名にもなっている「書いたことには意味がある」という言葉通りの強い思いで、言葉の限りを尽くし、記憶をたどり、証拠データの消失等による情報の錯綜にもめげず、徹底的に調査を進めていく。
  かつての軍事独裁時代の余波が依然として衰えず、法律よりも金銭がものを言う1990年代の首都ブラジリアを舞台に、ツインハウスと赤土と熱いアスファルトを擁する地で、ビデオゲームのような銃撃戦や西部劇さながらの戦闘が繰り広げられ、わかりやすい見事な語り口で読者をあらゆる方向へ連れ出しては迷わせる傑作である。
  南米特有のハードボイルドな歴史的背景に裏打ちされた、スリリングな物語が平易で読みやすい文章によって展開される。各章においては、場面ごとに細々と区切りが設けられるので、気負わず手軽に読み進めることができる。会話が続く部分も、短い言葉が淡々とたたみかけるように綴られる印象で、臨場感がある。
  特に日頃忙しく、長い読書時間を持つのが困難なビジネスマンにとっては、短時間で思いきり日々の鬱憤を発散できる、格好の読み物といえる。
この処女作において著者のDanは、ポップカルチャーや大衆文化の要素を盛り込み、ブラジル的アイデンティティを支える柱のひとつである、暴力が社会的関係性を支配する有様を描いている。
信じがたいほどシビアな現実描写によって、手に汗握るサッカーの試合さながらに、過去をも含め、すべてがバイオレンスに満ちた場に生きる者の魂をわしづかみにする、パワフルな物語である。