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原題 The Persians
著者 Geoffrey Parker, Brenda Parker
ページ数 208
分野 歴史
出版社 Reaktion Books
出版日 2023/02/01
ISBN 978-1780236506
本文 本書は、ペルシア人(イラン人)の起源から現代に至るまでの歴史をコンパクトにまとめた概説書である。

紀元前2000年頃、中央アジアからカスピ海南部地域に、アーリア系の遊牧民が移住してきた。その一派のアケメネス族が紀元前559年、キュロス2世(大王)のもと、築いたのが「アケメネス朝ペルシア」として歴史に名を残すことになる大帝国である。本書では16章のうち、ほぼ半分にあたる7章までがこのアケメネス朝の記述に割かれており、220年にわたる王朝の歴史と繁栄について概観した後、帝国の栄華の象徴であるペルセポリス王宮や、国教として王の権威を支えていたゾロアスター教について、写真資料と共に紹介している。とりわけ興味深いのは、灌漑技術について取り上げた第7章である。ペルシア人は「カナート」と呼ばれる地下水路を用い、乾燥した土地を農地や居住地、さらには憩いの場としての庭園へと変えることができた。今日、「楽園」を意味する「パラダイス」という語が「囲われた場所」を表す古代ペルシア語「パイリ・ダェーザ(paradaēza)」に由来することも、その名残りだという。

アケメネス朝は紀元前331年、マケドニアのアレクサンドロス大王の東征により滅亡するが、その遺産は新たに勃興したササン朝ペルシア(326-351年)に引き継がれていくことになる。

その後のペルシア人に起きた決定的な変化は、イスラム化である。7世紀半ば、ササン朝ペルシアを滅ぼしたアラブ系のウマイヤ朝を皮切りに、トルコ系、さらにはモンゴル系の異民族の支配を次々に受ける中で、イスラム化は進んだ。しかしペルシア人は彼らと共生しつつ、政治や行政、哲学や神学などの学術分野、建築や工芸、文学など、さまざまな領域で独自の地位を確立し、むしろイスラム世界に影響を及ぼす存在となっていったのである。11章、12章に紹介されているように、中央アジアやインドにまで及ぶその足跡は、イスラム教及びトルコ・モンゴル系騎馬民族との出会いがあってこそのものだった。

ペルシア人が特異な存在になり得たもう一つの要因は、イスラムの中でも少数派のシーア派として生きる道を選んだことである。1501年に新たに生まれたペルシア人の国家、サファヴィー朝は、シーア派信仰を核に国をまとめ、イスラム学識者「ウラマー」が政治に深く関与するという点で、現在のイランにつながる特徴を形作った。

19世紀になると、領土や石油を狙うイギリスやロシア等、ヨーロッパ列強の干渉が激しくなる。1921年に最後の王朝パフラヴィー朝を創始したレザー・ハーンは、国名をイランと改名し、列強の脅威に対抗するため近代化を推進する一方で、イスラム化以前のペルシア、とりわけアケメネス朝とのつながりを強調した。その姿勢は最後の王となった息子、モハンマド・レザー・パフラヴィーにも引き継がれ、この王のもとで1971年、建国(ペルシア帝国成立)2500年祭が催された。1979年のイスラム革命後に「アザディ(自由)塔」と名を変える「王の塔」(14章参照)も、この時、首都テヘランに建てられたものである。

本書は「失われた古代文明」シリーズの一環であり、著者の専門も古代の政治地理学・地政学であることから、全体に近・現代史の配分は少ない(13-14章のみ)。前書きでも触れられているように、本書のそもそものねらいは「ペルシア文明の有り様と、その記憶がどのように時代を超えて残ってきたか」を示すところにあり、著者の言う「失われては、見出されてきた(lost and found)」ペルシア文明の底力を示すことには成功している。シリーズの中でいち早くペーパーバック版が出たのも、ペルシア文明は、それだけユニークな存在と言えるからではないだろうか。