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原題 The Full-Length Mirror
著者 Wu Hung
ページ数 288
分野 歴史、文学、美術、写真、映画、社会
出版社 Reaktion Books
出版日 2023/01/24
ISBN 978-1789146103
本文  鏡。日用品としてどの家庭でもオフィスでも、あるいは公共の場や車の中やカバンの中など、あらゆるところで目にすることができる、ごくありふれた品である。その前に現れたものを忠実に余すところなく映し出す、魔法のようなガラス板だが、なにやら人の想像力を掻き立て、希望や恐怖の念を呼び起こす、不思議な力も持っている。

 現代のガラスの鏡が登場するのは17世紀まで待たねばならず、それまでは金属板の表面を磨いたものが多く使用された。実用的な側面もさることながら、宗教的・儀式的な利用の場面も多く、中国では道教の式典に鏡は必須だったし、ヨーロッパでは鏡の前に立つことによって、心の中にある悪だくみが露見すると考えられていた。さらに文学や美術作品にも鏡は大事なアイテムとしてしばしば登場する。有名なペルセウスとメドゥーサの神話では盾が鏡の働きをしているし、中国の湯顕祖の戯曲ではクライマックスで悪魔との嫌疑をかけられた主人公の潔白を証明するのに鏡が使われている。鏡の持つ不思議な魅力は作家にとっても無視できないものだったのであろう。

 大きなガラスの鏡が作られるようになったのはヨーロッパが最初である。当初、ベネチアの専売特許であった製造技術を「盗んだ」のはフランス・ルイ14世の財務総監として有名なコルベールであると言われている。当時のフランスはブルボン朝のもと、国力を付け、その宮廷はヨーロッパのトレンド・セッターだとされていた。鏡をふんだんに使った、ベルサイユ宮殿の鏡の間は、今でも当時の勢いを彷彿とさせてくれる。フランスのみならずイギリス、スペインなどヨーロッパの各地に広まった鏡は、やがて中国にも伝わり、独特な発達を遂げることになる。

 本書は古今東西様々な分野の歴史的人物を登場させながら、芸術作品に描かれる鏡を通じて、新しい種類の歴史の視点を構築しようという取り組みである。時空を超え、洋の東西を問わず、鏡がもたらす魔力について、豊富な図や写真を使って解説している。そして最後にはインドのサダジット・レイ監督の映画作品を通じて、その魅力の喪失にまで言及している。意欲的な一冊である。