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原題 The Sound of Being Human
著者 Jude Rogers
ページ数 304
分野 自伝、音楽、脳医学
出版社 White Rabbit
出版日 2022/04/28
ISBN 978-1474622929
本文 5歳で父との思いがけない死別を経験した筆者の脳裏には、父の最後の姿とその時の情景が妙に細いところまで焼き付いている。それよりもさらに鮮明に残っているのは、音楽好きだった父がヒットチャートをかわりに聞いておくように頼んでから入院したことだった。父のことを思い出すとき、なぜチャートの1位だった曲が真っ先に頭に浮かんでくるのだろう。一片の歌詞やコーラスだけがそんなに大事なことなのだろうか。ただ単に父と娘の間に流れる、甘美でオタクっぽい結びつきへのノスタルジーなのだろうか。

やがて母になった筆者はふと気が付く。よちよち歩きの子どもでも目を輝かせ笑みを浮かべながら音楽に反応する。それを見ていると、心の中にふと、幼いころまるで新星が誕生するようにいきなり現れた歌がよみがえってくる。かと思えば、思春期の心をよろめかせたような歌も。さらに大人になって、希望、失望、立ち直り、決意のときに支えてくれた歌にもある。歌は刺激を与えてくれたり、心を静めてくれたり、気を引きしめさせたりしてくれるし、歌のおかげで何かあってもやり過ごせることもある。

筆者の今までの人生をかたどる12の曲と、その曲にまつわる筆者自身のエピソードを紹介しながら、本書では、なぜ歌は感情に深く影響するのか、ふと何かを思い出させるのはなぜなのか、どのように他の人たちと結びつけてくれるのか、ミュージシャンが死ぬとなぜ感情が反応するのか、おなじみのフレーズが突然スピーカーから流れだし、クラブやキッチンやスーパーの通路に鳴り渡ると踊り出したい気分になってしまうのはなぜなのか、たまたまある場所や時間で特定の人たちによってアレンジを施された音のまとまりが、手足や表情、人間関係や活動、内的外的生活に、まるで電気ショックのように強烈な刺激を与えることがあるのはなぜなのかー等、音楽と人の暮らし・生活との繋がりを筆者の体験や科学的な知見から紐解いている。本書に登場する曲は主に1980年代から90年代のイギリスを中心とするロックやニューウェーブといったポップミュージックであり、音楽好きだったら、当時の音楽シーンをたどる楽しみもあるだろう。