原題 | Tickled |
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著者 | Duff McDonald |
ページ数 | 304 |
分野 | 自己啓発、心理、思想哲学 |
出版社 | Harper |
出版日 | 2021/10/19 |
ISBN | 978-0063036895 |
本文 | 2021年の春に出版予定の新刊の執筆に追われていた筆者は、このコロナ禍の中でふと立ち止まり、思いもしなかった感覚に襲われる。それはそれまで彼が寄ってたっていた前提に対する途方もない違和感だ。思えば彼がしてきたことは、他の人たちを指さして「あなたたちが問題だ」と指摘することばかりであった。彼自身も問題の一部であるのに。 本当に書かなければいけないのは、筆者自身が何をしてきたのかという本だ。自分の経験から生み出された言葉こそ本当の重みをもつのだ。自分に怒りや悩みを与えるものではなく、自分の心をくすぐってくれるような(tickle)楽しいものを思い浮かべよう。娘のことを考えると心が浮き立つ。他にも妻のことや、読書のこと、ボブ・ディラン、コンブチャも。ストーブにめらめらと火を起こすことや屋根に娘と妻と一緒に寝転んで星を眺めるのもいい。心がくすぐられるのは生きている証拠、愛されている証拠、さらに今を生きている証拠だ。 筆者は今を生きることの大切さを強調する。ひとはだれしも不安を感じることがある。不安が恐れを生み、それに対して何とかコントロールを利かせたいという欲求が心の中に生まれる。そのために今を離れ、進化を求めて未来へと思いをはせるのだ。まるで成功が約束されているかのように。アメリカンドリームのように。もちろんそれはわからない。未来は幻影にすぎない。 人々をそうした思いに駆り立てしまう根拠になっているのが数字だ。過去のデータを集め分析し、未来の予測を立てる。それは一見信頼に足る情報に思えるが、実のところ数字は何も語っていない、と筆者は指摘する。数字は文脈を無視し一人歩きを始める。「正確性の逆説」に人々は苛まされている。言葉こそが今、この瞬間にとどまり現実を把握し他者と関わるための手段なのだ。 やや哲学的になりがちな内容を、自らの経験や嗜好、そして反省をもとに、時にユーモラスに読者に語りかけてくる、わかりやすい好著である。 |