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原題 THE CHANCELLOR
著者 Kati Marton
ページ数 368
分野 国際関係、歴史
出版社 Simon & Schuster
出版日 2021/10/26
ISBN 978-1501192623
本文  4期16年と先進国で今や最長政権を誇るドイツのアンゲラ・メルケル首相。2021年秋の政界引退を表明している。これにあわせて出版予定の本書は、メルケル氏の幼少期から現在までをたどりながら、その政治理念や手法を関係者へのインタビューや本人の発言を元に浮かび上がらせる。「東欧出身の女性物理学者」というドイツ政界では「外部者」ながら、難局をどう乗り越え、ドイツをEUの盟主へと導いていったのか。女性の活躍や分断社会の解決が求められる今の時代に、一つのリーダー像を提示する。

 描かれるのは、牧師だった父の教区に障がい者のシェルターがあったことから備わった弱者への共感、旧東ドイツでの生活で身に付いた控えめな態度や慎重さ、しかしいざという時にはカードを切る大胆さ、科学者としての合理性。そういった資質が、2015年の難民危機に際しての100万人の難民受け入れや、東日本大震災を受けての脱原発宣言などに結びつく。コロナ危機に際しては、国民に科学的データをすべて開示し、行動制限の必要性と協力を自身の言葉で呼びかけて国民の広い支持を得た。

 著者が特筆するのは、対立する相手をやり込めるのでなく話し合おうとする姿勢、大事なことは譲らず粘り強く交渉する手腕だ。気候変動に懐疑的だったアメリカのブッシュ大統領とは信頼関係をまず築いてから考えを転換させ、温暖化ガス削減への合意を取り付けた。EUの厳しい財政緊縮策を拒むギリシャのチプラス首相とは夜を徹して一対一で話し合い、緊縮策を受け入れさせて同国のユーロ圏離脱を食い止めた。

 ジャーナリスティックな筆致で、一つひとつの場面が生き生きと描かれる。一人の利発な少女がやがて政治の道を選び、国内外の政治家たちとの丁々発止のやり取りを経験しながら、EUを率いるリーダーへと成長する、一編の大河ドラマをみるようだ。そして何より、危機に際して求められるリーダーシップのあり方について考えさせられる。