原題 | Crab |
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著者 | Cynthia Chris |
ページ数 | 176 |
分野 | 生物、動物、環境、社会、文化 |
出版社 | Reaktion Books |
出版日 | 2021/03/15 |
ISBN | 978-1789143690 |
本文 | 海岸で無数のヤドカリが移動しているところに筆者は出くわし、ふと考える。これだけヤドカリがいっぱいいるのに脱いだ殻がどこにも見つからないのはなぜだろう。(それは別のヤドカリが利用するからだ)また、カニは脱皮を繰り返して成長するものだが、そもそもヤドカリ(hermit crab)はカニ(crab)なのだろうか。調べてみると分類上ヤドカリはヤドカリ下目約2500種の一種で、約7000種が属しているカニ下目とはいわば兄弟関係だが、別の分類なのだ。カニを含む甲殻類の分類法を確立したのはアメリカの動物学者メアリー・ジェーン・ラスバンだ。高卒の彼女は典型的な男性社会であるスミソニアン研究所で初のフルタイム女性学芸員になり1147の新種と63の新属を学会に発表した。今でも新種の発見は続いており、系統図は常に見直されている。 人間は動物に自分たちの気持ちや感情を投影するのが得意だが、カニに対しても古くからいろいろなイメージが与えられてきた。ギリシャやローマの神話ではカニは忠実で悪気はないがけんかっ早く、ドジな存在として描かれている。その忠実さに免じてやや地味な星座として夜空に居場所を与えられた。「カニ座は最悪の星座だ。なぜなら不治の病と同じ名前だからだ」というブラックユーモアもある。癌にカニ(Cancer)と同じ名前を与えたのはヒポクラテスだと言われている。彼は血管にできた腫瘍の形がカニの足に似ていると思ったのだ。 カニにも感情や感覚はあるのだろうか。鍋の中に放り込まれゆでられている時に苦痛を感じるのだろうか。ある種のカニがハサミを振りながらダンスを踊るのはなぜなのか。こうした疑問にも著者は綿密な研究をもとに応えていく。人間の暮らしの中でも食生活の一部として、あるいは生活の糧としてカニはしっかり根付いている。観光資源であり、漁業や製造業などの産業を成立させている資源でもある。一方、マングローブや海底などの生息域ではカニがその環境を維持する“生態系エンジニア”の役割をしている。実際、世界でカニ類の減少により水質が変化したり、他の生物の生息数が減少している例は数多くみられる。 |